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 今回も130年前の『善光寺繁昌記』から「演劇」の項の
続きを紹介します。

 ・ ・ ・ ・ ・

 このごろ善光寺境内に新劇場がオープンした。建物は巨大で、
舞台・桟敷・欄干などは東京の猿若座をまねている。

(中略)

 浜路(注:名優)が昨年善光寺にやってきて公演し、
大評判になった。今年の3月からは「善光(よしみつ)一代記」
という新作を上演した。善光寺のお膝元というこの地だからこそ、
こうした演目を上演できるのである。その斬新な趣向がたいそう
評判になり、口コミで広まった。田舎の人は早く炊事を済ませて
出かけ、町の女の子は夜になると化粧をして急いで駆けつける。
大挙して続々と押しかけるので、両側の桟敷の手すりはたわんで
折れてしまいそうだ。舞台前の桟敷は、人の頭が鱗のように
ひしめきあう。これによってもまた、その繁昌ぶりを見ることが
できる。

(中略)

 観客は涙を流す。太鼓がトントンと鳴り、幕が下りる。

 ・ ・ ・ ・ ・
 善光寺を開いたと伝えられている、本田善光(よしみつ)
親子の物語です。
 善光寺をモチーフにした劇を地元の人たちが楽しんで
いたのです。(小林)

mukashi011.jpg
文明開化が感じられる約130年前の長野の人々(『善光寺繁昌記』挿絵より)

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 いよいよ6、7日、「柔らかいモザイクの街」が上演されます。
そこで今回は、演劇についてです。

 明治10年(1877)当時の善光寺界わいの町や人々の
様子が書かれた『善光寺繁昌記(はんじょうき)』という本が
あります。書いたのは、長野県庁に勤めていた長尾無墨
(ながお・むぼく)という人です。
 漢文で書かれていますが、2年前、小林一郎(長野郷土史
研究会会長)による現代語訳が出版されました。

 その中から、「演劇」という項の最初の部分を引用します。

  ・ ・ ・ ・ ・

 都会の芝居が地方に出張する。そこで地方に「田舎劇場」が
設けられるが、これには常設のものと、臨時のものとがある。
芝居小屋が開かれるのは、多くは寺社の境内である。善光寺は
境内が広く、人々も多く集まるので、毎年数回芝居が上演される。
舞台・桟敷・客席などは幕を張り、大急ぎで工人を集めて劇場を
仮設する。

  ・ ・ ・ ・ ・

 まだ映画もない時代、善光寺境内につくられた芝居小屋で
行われた演劇は大人気を博していました。(小林)

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 前回は、大門町が、
かつて長野市一にぎわう商業地だったことを書きました。
その大門町になぜ大型店ができず、長野駅に近い方に
にぎわいが移ってしまったのかに、私はとても興味を
持っています。

 こんな堂々とした広告を見つけました。
(『長野市とその周辺』 昭和24年、1949年)

mukashi009.jpg

 「安くて買いよい店」をうたう大門町の「蔦屋デパート」。
主に衣料品を売っていました。

 長野市で初めて法律に基づいてできた百貨店は、
昭和32年(1957)に問御所町の今のTOiGO SBCの場所
にオープンした「丸光百貨店」でした。

 ところがその前にも、規模は小さくともデパートと名乗る店が、
大門町にあったのです。戦後になっても、大門町は活気の
ある町だったことになります。(小林)

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 先日私は旅行で、栃木県宇都宮市に行きました。

 宇都宮は、城下町です。
 けれども、宇都宮のまちで面白いのは、
××宮というその名前の通り、お城ではなく、神社がまちの中心に
あることです。その神社は、宇都宮二荒山(ふたあらやま)神社。
下野国(しもつけのくに)の一宮(いちのみや)です。
(ちなみに信濃国の一宮は、諏訪大社です)

 でも、宇都宮二荒山神社が長野市の善光寺と大きく違うのは、
すぐ門前がにぎやかな商業地で、いくつも大型店があること。
(神社の場合は、門前ではなくて「鳥居前」とも言います)

 鳥居の横に、PARCO(パルコ)があるのには驚きました。
 想像してみてください。善光寺のお膝元の大門町にPARCOが
あったら、不思議でしょう。

mukashi008.jpg

 ところが、大門町は昭和の初め頃までは、長野市で最も
にぎやかな商業地でした。ということは、もしそのまま
大門町のにぎわいが続いていたら、今、大門町に大型店が
あるという、別の姿の長野のまちがあったのかもしれません。

 でもその場合は、今のように古い町並みも残って
いなかったでしょうし、この「長野・門前暮らしのすすめ」
プロジェクトもなかったはずですね。(小林)

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 「初えびす」は終わりましたが、
今回の話題も岩石町の西宮神社についてです。

 西宮神社は、善光寺境内の入口から東の方角に行った
突き当たりにあります。東にあるのに、どうして「西宮」
なのでしょうか。

 えびすの神をまつる神社は全国にありますが、
その本社が、兵庫県西宮(にしのみや)市の西宮神社だからです。
でも、本社の西宮神社がなぜ「西宮」というのか、
その肝心のことが実はよくわかっていないようです。

 ちなみに現在、西宮といえば、有名なのは、甲子園球場です。

 こちらのポスターをご覧ください。
mukashi007.jpg

 えびすの神は、鯛(たい)を釣り上げた姿で描かれます。
もともと、えびすの神は、海で漁をする漁師の信仰を集めた
漁業の神様でした。西宮は、海に面しています。

 トラの絵も描かれているのは、西宮の甲子園球場が
阪神タイガースの本拠地だから!・・・ではなくて、
今年が寅年だからですよね。(小林)

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小林竜太郎の門前町・昔ものがたり

長野郷土史研究会青年部/光竜堂代表の小林竜太郎さんが、知ると門前生活が面白くなる歴史トピックスをご紹介。
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